ここちよい私を探して ~乳がんになんか負けない

2014年7月、乳がんと診断されました。 全摘手術して、抗がん剤、放射線を経て、ホルモン療法真っ最中。 そして2016年、ようやく本格的に社会復帰! 楽しいこと、うれしいこと、これからたくさんありますように。

カテゴリ:乳がん生活 > 家族

入院中に、姉と二人でお見舞いに来てくれた母が、
今回は、自分の通院のために上京してきた。

この母、
若いときにずいぶんと無理をしたせいか、長いこと何かと病院のお世話になってるんだけど、
何年か前に心筋梗塞を患って以来、ワーファリンっていう血液をサラサラにする薬が手放せない。

母の住む地元にも、かかりつけのお医者さんがいるんだけど、
数ヶ月に一度、心筋梗塞の手術をした都心の病院までやってくる。

今回は、その数ヶ月に一度の通院。
せっかく来たのだし、娘には会わなくっちゃ! 
っていうことで、私の住む街までやってきて久しぶりに二人でランチすることにした。

母は、以前行ったことのあるお寿司屋さんのカウンターを目指していたみたいだけど、
残念ながらランチはやってなくて…。

それでも、頭の中はすっかり寿司で埋め尽くされちゃってるので、すぐ近くにある回転寿司に行くことに。
回転寿司って言っても、ここだってなかなか美味しいお店。
いつもお客さんでいっぱい。

母との会話は、
退院の後に過ごした妹の家での楽しかったことなんかを、色々話しながら、
好きなものを沢山食べて、おなかいっぱい。

でも、残念なことに、
母が飲んでいるワーファリンって、食事制限がかなり厳しい。
事細かに挙げたらキリがない、っていうくらい。
緑黄色野菜なんて、ほとんどダメ。
お寿司屋さんなら関係ないでしょ、って思ったら、
あら汁の上にパラパラと乗っている、ワケギ。コレがダメ。
一生懸命よけたけど、途中であきらめ…。

そして、緑茶もダメ。
お寿司屋さん行ったら濃いお茶飲みたいんだろうけど、お湯でガマン。

そんなこんなのランチだったけど、お会計は母がしてくれた。
ごちそうさま。

その後は、ちょっと散歩しながら私のウチへ。
話すうちに、病院でのことなんかも話題になった。

すると、母、
私の目をじっと見て、コトバが出ない。
その、じーっとしてる様子を、私はどういうことなのか始めはよくわからなかったんだけど、

そうか…、

どうやら、
娘の前では絶対泣かない! っていう決意を胸に参上したらしい。

もちろん、私も、
母の前で弱いトコ見せたりしないって思って、こうして今日会ってるんだけどね。

考えてみると、
病気で心配かけるのは、三人姉妹のうちじゃ私がダントツでトップだな…。

いろいろ、ごめんね。



手術から2日たつし、もう気分はすっきり。

普通なら、今日あたりから腕を上げるリハビリ教室も始まるみたいだけど、
今日は日曜日だから、リハビリはお休みの日。

私の一日前に手術した同部屋のお二人は、もう退院しちゃったので、
今日は、4人部屋にお隣さんと二人だけ。

午後になって、静かな部屋に、母と姉がやってきた。

「田舎から上京」っていう感じ。
母は、もう後期高齢者。
こっちが引くくらい気が強いところがあるクセして、なにかというと心配性で、「ここぞ」という時には、そのへなちょこぶりを如何なく発揮して動揺する、っていう手のかかるタイプ。

今回、この病気のことは、知らせないっていう選択もあったのかも知れないけど、
検査結果がほぼ確定した段階で話をした。
って言っても、姉に頼んだんだけど。
話したあとは、何日も泣いちゃって泣いちゃって大変だったらしい。

母は最近私たち娘に対して、「娘たちは、自分になんか隠してるんじゃないの?」みたいな疑念を持っているような気がして、
(別になんにもないのに…)
ここで隠し事したことが後で母に知れたら、この後どんなに正直に話しても、何にも信用してくれなくなっちゃうかも、って思って、話すことにした。

もちろん、こと細かに話して不安をあおるようなことのないように、比較的うれしい情報だけを、ね。

それでもやっぱり、泣きそうな顔してやってきた。
まー、だいたい予想はしてたけど。
あとで聞いたら、姉が「本人の前では絶対泣くな!」って言っていたらしい。

母の心配そうな動揺した目を見るのは、すごくイヤ。

「大丈夫だよ。すぐ退院だよ。」って励まし(?)ながら、ちょっと状況説明してあげる。
母としては、自分が色々世話を焼いてあげられないのが、もどかしいみたい。

しばらく話をして帰っていった。
ごめんね。

検査が一通り終わって、今後の予定が少しずつ見え始めたころ、
父が、そばに来てくれた。

私の父は、もう20数年前に亡くなった。がんだった。
生前、あまり会話らしい会話をしたことがない。
私が高校卒業するまでは、一緒に住んでいたにもかかわらず、だ。
私の家族は、父との関わりに限らず、関係性の希薄な家族。
どこの家族もそんなもんかな、とも、ちょっと思うけど…。

だけど、父は私の何かの節目には枕元に現れるらしい。
一度目は、結婚するとき。

そのときは、
結婚相手とはもう一緒に暮らし始めていて、だけど、まだ籍を入れる前だったと思う。
私は前の晩から、ダンナの何かにとてつもなく腹を立てて
「明日の朝は起きない! ゴハンの準備なんてしない! もう知らない!」って感じで寝てた。

その翌朝。というか、早朝。
自分が、寝てるのか起きているのよくわからないような、覚醒の直前くらいのときだったのかな。
父は現れた。
枕元に座って、何か話しかけられる。でも、どんな話だったのか、まったく思い出せない。

けど、
「何かあったら呼べよ」
そのことばだけが耳に残った。

それからの結婚生活。その「何か」がいっぱいあって、結婚生活は3年でおしまい。


今回は二度目。
でも今度は、少し離れたところにうつむいたまま立っている。
立ち尽くすっていうのかな、ああいうの。
何も話しかけては来なかった。
悲しそうな。
寂しそうな。
詫びるような。

ごめんね。心配かけちゃってるね。


私は3人姉妹の真ん中。
実家はちょっと遠い。帰るのはお正月くらい。
この実家には母がいるけど、もう高齢で何かを頼るのには忍びない。
私の今の状況を知ったら、またボケが進むかもと心配してるほどだし。

姉は、実家近くで自分の娘と生活してる。
妹は、ダンナとワンちゃんとの3人暮らし。

普段は、ほとんど付き合いのない私たち姉妹。
何年も会わないなんてコトも、ザラにある。

今回は、さすがにメールしてみた。
やっぱり、心細いときは頼りたいし。自分勝手。
「ちょっと話あるから、時間のあるとき電話ちょうだい」って。
だけど、実際に電話くるのは、3~4日後って感じ。
まー、普段がそんなだから、しかたないね。

でも
病気のコト話したら、さすがに二人ともびっくりしてたな。
そりゃそうか。
いきなり連絡してきて、おどかすな、って感じよね…。

そういや、、、
昨日の針生検の前には、
姉にはずいぶんと脅かされちゃって。
どこで聞いたんだか、
「針、太いんだって!」「すごい痛いんだって!」って、メールで連発。
あのさぁ、教えてくれてるつもりかもしれないけど、不安をあおるのやめてちょうだい。
既読、スルー。

まぁ、昨日はその言葉のおかげで、かなり覚悟して行ったから、
実際には「たいしたことなかったなー」って思えたのかも知れないけど。


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